トライアル ~門出~ アカネさん編
「今夜からは食器が一つ減るんだなぁ・・・」
と思いつつ、何時もと何一つ変わらぬ内容のドライフードと数種類のサプリメントをそれぞれの食器に入れていく。アカネさんのここでの最後の食事になるかもしれないけれど、だからといって特別なことはしない。何時もと変わらぬ調子でイヌ達に食器を与えていく。
食後のトイレが庭で終わると、風と空気を満喫したい子は日向ぼっこをし、室内に戻りたい子はリビングに戻って朝寝をする。お腹が落ち着き、二度目のトイレをした頃にアカネさんのオメカシの為の支度を始めた。
週末にもお風呂に入ったばかりなので、さほど時間を要する事もなく耳洗浄とシャンプーとリンスが終わる。丁寧に水気を拭き取ってからドライヤーで丁寧に乾かした。四肢のツメを確認し、もう少し短めに切り込んでおく。足先の飾り毛をカットして整え、耳の付け根に黄色いリボンを付けた。以外にも嫌がることなく、大人しくリボンを付けたままでいてくれる。このまま里親さんの家にたどり着くまで保てそうかな。
洗って消毒したバリケンネルと、昨夜用意した『お嫁入り道具』のセットを車の荷台に詰め込み、イヌ達を全員乗せていよいよ出発。リーダー・アンブロシアさんは今日のドライブの目的を察している様子。ルナちんのお子チャマ達のお嫁入り&お婿入りの日も、ママは同じ事をしていたんだもんね。
全てを把握しているリーダーのお陰で、何処かに行って遊ぶ為のドライブではないのだという風で全員常時落ち着いた態度だ。もしかしたら、今日からの新たな半生を「当然ですわ♪」とばかりに受け入れ、姿勢良く真っ直ぐな目線を保って落ち着いて座っているアカネさんの気持ちを応援し察しているのかな?
予測していたよりも順調に車を走らせる事ができ、予定時刻よりも20分ほどだったか送れて里親さん宅へと到着する。荷物が多い為、里親さんに車の所まで迎えに来て頂き、アカネさんを連れてご自宅内に荷物を運び込み、ご挨拶もそこそこにすぐにバリケンネルを設置して、アカネさんに「ハウス」をさせる。「言われなくとも、これはワタクシのハウスですわ!」と、平然と入っていく(笑)。
今日までに二度ほど里親さんがアカネさんに面会に来て下さっていたお陰で、アカネはちっとも不安がる事はなく、むしろ自ら里親さんに撫でてもらいに寄って行くほど。初めて来た家であるという疑問も不安もほとんど全くと言って良い程に感じさせない堂々たる態度だ。
アカネさんの呼吸が落ち着いた頃から、先ずはお嫁入り道具の説明を始める。フードとサプリメントを1回の食事で与える量についての説明をする。また動物病院での診察の履歴等の詳細は一覧にして後日送付するお約束を伝える。アカネさんは高齢であるという事と、先天性股関節形成不全であるという理由から、今後の健康管理の上で特に重要な要素があるからだ。この場にリストを作成して持参すれば良かったのだが、「リストにしよう!」と思いついたのが何せ昨夜の事だった為、後日とさせて頂いた(苦笑)。しかしレントゲン撮影はしてあるので、レントゲンのフィルム2枚はファイルでお渡しする。里親さんには予め先天性股関節形成不全である旨についてのご説明はしてある為、話は早い。
そして今日からのトライアル期間の過ごし方についてのご説明をさせて頂く。
〔・・・・・今日までにも細かな事については既にお話をさせて頂いたのだが、今回はアンブロシア・ドッグ・ホーム(保護イヌの私設シェルターを意味する活動に付けた名称)からアカネさんが里親さんの元へと巣立つ第一号でもある為、先の診療履歴のリストといった様に後手後手になっている事柄が多く、アカネさんの里親さんにはその旨をご説明した上で、むしろ私の今後の活動方針や活動内容の詳細の足場固め的な事を改めて実体験しつつ確固たるものにする為の試行錯誤にお付き合い頂く形をご了承頂いている。アカネさんの里親さん、ありがとうございます!・・・・〕
そんな訳で今更というか、ようやく考えのまとまった説明とは以下の様な内容である(苦笑)。
《 トライアル期間の過ごし方と補足説明 》
☆ トライアル期間がこれから一ヶ月間始まりますが、本日より「お預かりしている子」としてではなく、「我が家の家族の一員」という気持ちで接して下さい。イヌは接するヒトの感情を読み取るので、単なる「お泊り」だと察してしまうと馴染むのに時間を要する場合があります。短い期間で「家族の一員」であると思わせる為にも「今日からうちの子」として接する方が理想的です。
☆ 保護から今日までの間で十分に心の傷は癒されています。今日からは「可哀想な子」に接する態度は無用です。普通のワンコに接する態度で接して下さい。保護イヌでは無い先住犬が居る場合には、先住犬と同じ扱いをすれば良いという意味です。保護したイヌだからといって特別な接し方は既に無意味です。けして甘やかしたり過保護にしたりしない事。トラウマによる反応と思われる態度が垣間見られたとしても「もう何も心配は要らない。誰もあなたをイジメたり、捨てたりはしないんだよ。」という態度で接する。厳しくする必要も無いが、毅然とした態度で接する事。
☆ 食事は一日2回、バリケンネルの中で与える事。2回の食事の間隔は6時間程度開けば与えられる。カロリーゼロのもの以外、与えたトリーツやおやつといったもののカロリーは考慮して食事の量はそれに合わせて増減する。またベスト体重を維持する際にも、食事量は加減する。
☆ ウンチは「食べたら出る」までに体質改善されているので、食後はタイミングをみてトイレをさせる。1回の食事で1~2回に分けて排便します。オシッコも食後、就寝前、起床後に大量にするのでタイミングをみてさせる事。それ以外にも時折させるタイミングを取ること。
☆ ヒトの就寝時や、家に居ても目を離す場合、及び来客時にはバリケンネルで「ハウス」させる事。ヒトの外出時も同様。住環境が変化した事等によって不安がみられる可能性がある為、慣れているバリケンネルの中で留守番をさせた方が安心感が異なる為。慣れた頃や互いを理解し合い始めてきたら様子をみつつ徐々に変化を付けて良い。
☆ イヌの出来るコマンド(オスワリ、お手、お代り、ちょうだい、フセ、マテ・・・など)の実演。
以上の話しにお付き合い頂き、里親さんとしばし団らんを続ける。事前に公言していた「保証金の3万円(里親を断念される際には全額返金)」を里親さんからお預かりした辺りで、ドアの開け放してあるバリケンネルから自ら出てきてアカネさんは家の中を探検したり、里親さんに「撫でる?」と親しそうに交流を取っている。かなり落ち着きある様子だったので、「大した事ではない」とアカネに察してもらう為にも、丁寧な挨拶を交わす事もせず、アカネさんには「マテね」と言い、背を向けたまま玄関から外に出る。
「きっとアカネは大丈夫・・・。自分から家族になろうとするはずだ。がんばれ!!!」
そう心でエールを送りながら車に乗り込んだ。不思議と「寂しい」という気持ちは湧かない。ルナのお子チャマ達を各家庭に送り届けた時も、寂しいとは思わなかった。むしろその時といい、今日といい、いずれもイヌ達の明るいこれからの未来を思い描くだけだ。その漠然とした予想図は祈りの言葉を生み出す。祈りと言っても神頼みの祈りではなく「Good luck!」を意味する祈りだ。目には見えないはずの『幸福』が、イヌの姿をして一つの家庭に送り届けられる・・・。その配達人の役をこうして私がしているというだけだ。私に保護された日から、彼らは自らリハビリに臨み、また新たな犬生(人生)を歩もうとし、自ら新たな家族を見つけ出す事ができる。そして彼らは「あのお家に連れてって!」と私に頼む。
アカネがトライアルを開始した今日、保護をし、配達人の務めを果たした私も、里親さん宅でのアカネさんの様子を見て改めて彼らイヌ達の凄さを教えられる事となった。あの堂々たる姿。微塵にも不安を感じさせない態度。自身に満ちたアカネさん。保護当時の惨めだったあの姿を自ら完全に脱ぎ捨て、新たな家族の元で輝いた表情でいるあの姿は、正に『門出』にふさわしい勇姿であった。
ただ、ただ私は嬉しい。アカネさんを受け入れるべくあれこれと思考を巡らせ、事前に調べたり、様々に工夫を凝らして下さった里親さんにも感謝の気持ちで一杯である。とても、とても嬉しい。そしてアカネさんの『門出』の勇姿を見る事が出来た事もとても嬉しい。
いつ里親さんと巡り会い、相思相愛になって旅立つか?という先の判らないままに続けてきているアンブロシア・ドッグ・ホームも、まだ組織化はしておらず、多々改善の必要性という課題は残っているが、主旨、概要はこれで良いのだという事を、アカネさんの今日のあの勇姿を目にして改めて実感する事ができたのだ。そして今後の励みともなったのである。何よりも嬉しい事だった。
私はけして忘れてはならないのだ。今日の晴れやかなアカネさんの門出という日を・・・。
(注) アンブロシア・ドッグ・ホーム=私のイヌの保護活動では欧米のシェルター等の活動を参考にした上でイヌの保護および健康管理、心身のリハビリ、トレーニング、里親募集といった事を現在個人で行っている。里親の希望者さんには決断前にまず面会をして頂き、一端帰宅後以降にご返答を頂く様にしている。実際に家族の一員として迎え入れて頂く際にはトライアルとして当初一ヶ月間の試し期間という猶予期間も設けている。存続意思がなければ戻して頂くがその際には保証金としてトライアル開始時に預からせて頂く3万円は全額返金するシステム。またトライアル後も存続して飼育を続けている間にやむを得ず手放さざるをえない状況が起きた場合にもこちらにイヌを戻して頂く事をお願いしている。
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