☆保護イヌNo,16=アメリカン・コッカー・スパニエル♪男の子 の入園♪
保護主いわく呼び寄せるまでに「1時間もの時間を掛けた。」との事だが、このイヌを呼び寄せようとしていた最中に、軽トラックに乗った若い男性が通り掛り、その人もこのイヌを先ほど見かけ、もう一度通ってまだ居たら保護をしようと戻ってきた・・・との事だが、この方には「飼主が居なければ自分が飼うから・・・。」と、お引取り願ったとの事だった。
その若い男性を帰した後、保護主自身がなんとかこのイヌを自力で捕獲したとの事。ご自身宅にも、アメリカン・コッカー・スパニエルが居るので、「飼主が現れなければ自分で飼いたい」という心情のまま自宅に連れ帰ったらしい。
だが、自宅に連れ帰り、実際にご自分のイヌと対面させようとしたら、ご自分のイヌが吠えて泣き止まなかったらしい。そして、自宅にこのイヌを入れる事も出来ないまま、なんとか知り合いの知り合いで、預かって貰える家を見つけ、その家にこのイヌの身柄を託したのだった。
そしてそんな保護の翌日、2005年12月30日夜、保護主はアンブロシア・ドッグ・ホームに初めて電話をしてきた。
要領を得ないその一方的な話に私はピンと来る。
「ああ、また、保護したけどイヌを引き取って下さい・・・っていう電話か。」と。
保護主は、その結論を口にする事のないままおよそ30分ほど掛けて、アメリカン・コッカー・スパニエルを保護した武勇伝(?)を続ける。その会話の途中で何度も、
「だから、結論を先に述べよ!」
と、思わず声を荒げてしまいそうなのんびりした話しが受話器から流れる。私はお会いした事の無いヒトと電話で話をする時、ほぼ相手の人物像が視えてくる。だから口を挟まず、ただ相手に話をさせ、じっと聴く事に徹する。簡単に表現するなら、江原さんモードに近い所といった具合か(笑)。
およそ大体の事はお聞かせ頂いた辺りで、ようやく口を挟んだ。
「誠に申し訳ないのですが、保護をしたヒトが居る保護イヌについては、こちらでは原則としてお引き受けしない事にしています。そのケースは先ず、処理しきれない程実際に数多くあるケースだからです。そして、アナタという保護をしたヒトが、歴然と存在するからです。保護をした者に責任がある事を自覚して下さい。
また、そのイヌを預ってくれるなら、掛かる経費を全て払うとか、そのイヌの世話を手伝うという事を事前におっしゃっていても、実際にはこちらで引き取った後ほぼ全く何もしなかった・・・という前例(←リマ君のケース)がありますので、そのたった一つの前例だけで皆さんを同様に判断するのは誠に失礼かと存じますが、そのイヌに掛かる経費を必ずご負担頂ける事がお約束できる場合以外は、お引取りはお断りさせて頂いております。また、そのイヌに関してのみで結構ですから里親探しを手伝って頂きます。
実際に、アンブロシア・ドッグ・ホームには本日付で一時的にお預かりの2頭を含め、イヌ・ネコ総勢16頭居ます(←2005年12月30日当日)。ボランティアさんがお手伝いに来て下さっていても、実質的に大半の事は私独りで行っていますので、経費だけでも限界を超える状態ですが、日常の世話だけでも保護したばかりのイヌが半数を占め落ち着かない現状では世話の手だけでも限界を越えていますので、無理です。
アンブロシア・ドッグ・ホームでは、現状私自身が自腹を切って経費を捻出しています。寄付金を集め始めたのは、ごく最近です。何処の保護団体でも同様ですが、寄付金だけで全ての経費を賄える所はありません。物資の寄付のお願いを始めたのは同じく最近の事です。
またボランティアさん達も、身体を休めるはずの休日を使って、そして交通費も自腹でこちらまでお手伝いに来て精一杯やって下さいます。そんなボランティアさん達が現状を見て、現場で不足している物資を調達してきて下さいます。
そうした善意の気持ちで頂く寄付金や、善意で休日を返上して下さるボランティアさん達を、そうした事の為にまで私は無理をさせたくありません(筋が通らないから)。ですからこちらに預ける場合にはそのイヌの分だけで結構ですから、「カワイソウ」だと思って保護をしたのであれば費用を融通して下さい。また申し訳ありませんが、先にも申し上げた通り、実質的に私独りですので、イヌ達を放って半日以上も家を空け、お引取りにそちらまで伺う事は困難ですから、こちらまでお連れ願います。
こちらに身柄を預けず、ご自身でやってみるという事でしたら、無償でご相談には乗らせて頂きます。
・・・ですが、今、何よりも第一にアナタご自身がすべき事は、警察署で拾得物の届出を出す事が先決です。保護をして(拾って)から警察や保健所に問い合わせをしただけでは、もしも飼主が問い合わせをしてきても情報のニアミスが起こります。警察署は書類の記載内容で判断をしますから、とにかくすぐに届出を出して下さい。
今後どうするかは、ご自身でお決め下さい。私は強制も強要も致しません。ご自身でご判断下さい。拾得物の届出だけは必須です。」
という様な内容でお話をした。どうやら先に他の保護団体などにも電話をしてみたそうなのだが、師走も師走で明日は大晦日だというこんな日に、どんな保護団体でも電話に早々出ては来ないだろう。2件目だか3件目に電話を掛けた先の私が、たまたま電話に応対してしまった様子である。
またこの方はアンブロシア・ドッグ・ホームに「訓練士さんがイヌを預けた事があると聞いた。」という。それは何処の誰からの情報だとおっしゃっていたか私ははっきり記憶をしていないのだが、真っ赤なウソだ。その方にも否定しておいたが、そんな事実は存在しない。訓練士ではなく、「トレーナー」さんのイヌを「ホテル」的な意味合いで一時的に預かりはしたが、その情報を私自身も事前に公に情報公開した覚えは無いし、そのトレーナーさんご自身にも確認をしたが同様だという。
会った事も無く、知人・友人でも無いのだから、費用を負担してイヌを預ける事を躊躇する事は、そう提案している私自身にも理解できる。そもそも私自身であればどんな状況であっても、自分で責任の持てない事に手を出す事はしないだろうが、他人に何かを頼むならそれなりの礼儀がある事くらいは承知の上で自分の出来る範囲で何かをしようとするだろう。もしくは、自分でした事の責任は、最後まで自分で何とかするだろう。
自分で「カワイソウ」だと思って拾ったイヌをその本人が、飼主が居ない場合に生涯飼育するでもなく、飼えない事情や環境であるが故に里親を探そうとする『最後まで責任を持つ』事が出来ないならば、イヌを拾ったり保護したりすべきでは無いと私は、リマ君の一件以来、強く思う様になった。
保護主自らが、一つの『運命』と『命』を左右している行為を行っている・・・という事実への自覚の無さと、無責任さを、しかと恥じて頂きたい。
保護活動は、結果論である。そう、結果が「オーライ」でなくては『保護をした』などとは言えないという事。そこの所を思い違いしている方が意外と多い様である。
だが、『命』の数をいかに多く助ける事ばかりに注目をしても十分ではない。処理数という結果を追求するその影には、「たらい回し」になったイヌが数多く存在している。「たらい回し」の末に心神喪失が一層酷くなるイヌは多い。ドッグ・ホームでは、某NPO団体が保護をし、扱った経歴のある、ファン君(ゴールデン・レトリーバー♂)がそれらを証明している。
では何が結果オーライであるのか?簡単な事である。そのイヌが笑い、笑顔を見せ、ヒトを信頼できるまでに至り、かつその笑顔と信頼を、そのイヌの生涯存続できる状況を与えられる事である。それが、保護活動での結果オーライだ。私はそう思っている。
リマ君をこのドッグ・ホームで迎え入れた事は、そういう意味で良い勉強になったと私は思っている。そう、イヌを拾っただけで『保護をした』などとは言えないという事。最後まで責任を持てないのなら、なまじ手を出す事の方が無責任だという事だ。
リマ君はあの日、あの場で保護をされなければ、自宅に自力で戻っていた可能性がとても高いイヌである。なまじ手を出し、ご自身達の住む場所はペット不可の住居だからと動物病院に身柄を預け、「カワイソウ」だと言っていた怪我の治療をするでもなく、その後何故だか実家に二泊三日でリマを連れて行き、家族や友人に『保護したイヌ』を見せ、記念写真を一緒に撮影し、その後に、最後にはこのドッグ・ホームに身柄を預けた。それは結果オーライではないという事だ。
全て半端な手出しである。ドッグ・ホームにリマを預けた後も元の家を探すポスターを作製し、貼った作業を行っただけで、既に保護から半年を経過したにも関わらず、未だにそれらを撤去・回収する作業を申し出るでもない。昨年7月10日にリマとドッグ・フード一袋を持参した時以降、現在までに彼らがドッグ・ホームを訪れたのはたった1度である。それも「遊びに行っていいですか?」という一言目に、思わず説教をした。そう、費用の負担はいいから世話を手伝ってくれる事が預かる条件だったからだ。
説教の末、当人達が詫びた為、『散歩』という名目で手伝いに来てもらう事にする。その際に他にも何かを手伝うと申し出るので、その方の少し得意な分野とも思われた印刷物の価格を調べてもらう事にした。
印刷物、それはドッグ・ホームの資金を作る為のオリジナル・グッズの制作と販売のを目的としてである。その趣旨を伝えた上で、費用的にリーズナブルな域で品質も納得の行くものが作れそうな所を厳選してきて欲しいと頼んだはずだった。
ところが実際に持参したリストは、ウエブ上で見つけたサイトをそのままプリント・アウトしたもので何の役にも立たなかった。だが、ヒトにボランティアでものを頼むのだから、それでも仕方ないと私は自分を言い聞かせた。まぁ、仕方が無いと。そうは思えない程説明をしたと思うのだが、それでも自分の説明が足りなかったのか?と。
結局、最初の7月10日のドッグ・フード一袋、そして11月13日にたった1回だけの『散歩』の際に頼んで買ってきて貰った、リマ用の口輪3点。これ以上を期待してはいけない・・・という事なのか?と。
しかし年末に向けて急に、保護依頼の予定が重なって入った。スケジュールは何とかやりくり出来ても、問題が一つ残った。それは、保護する予定のイヌ達の身体の大きさと年齢、そして性別が似ているという事だった。大型犬、そしてオス犬、おまけに5~6歳位。最悪の状況である。
私は何か嫌な予感がした。保護してくるイヌは大抵が未去勢・未避妊だ。リマの性格からすると、大喧嘩になる可能性は大である。何も起きない訳はない。そこでリマ君の身柄を一時的にでもドッグ・ホームから動かそうと考えた。里親が見つかるならそれに越した事は無いが、一時的でにも隔離する形でなんとか事件が起こる前に回避をしておきたい。
そこであちこちに一時預かりを探して欲しいと連絡を回す。そんな中で思い出したのは、リマの保護主である。今、最悪の状況を目前としているからには、彼らにも何とか手伝って貰いたかったのだ。他のイヌの事では無い、彼ら自身が「カワイソウ」だと言って保護をしたリマだからである。
この時本当にドッグ・ホームは危機を目前にカウントダウンに入っていた。そこでボランティアさん達の手を借りる事の出来る週末になら私自身がリマを連れて行けるから、里親を探すなり、一時預かりを探すなり、実家で預かってくれと連絡を入れたのだった。そして住所を知らせてくれ・・・と。そう、彼らはドッグ・ホームの住所を知っているが、私は彼らの住所は教えられていなかったのである。だがしかし夜遅くにこんな電話が掛かって来た。
「住所を教えろって、どういう事ですかっ!!!!!」と。
しょっぱなから既に怒鳴り声である。ここでようやく私は目が覚める。残念だが、言動が伴っていない彼らの行動を、それでも信じようと思っていたのだが、やはり彼らは無責任だったのだ、と。
おまけに、そう思いたくは無いが、お酒を召し上がっている風の口調でもあった。
様々な言い逃れ、言い訳をするが、既に全てにおいて誠意は見られない。自分(達)本位の言い訳だけである。結局は、リマ自身の事など、どうでも良かった・・・という事か。
そして後日、懸念していた事態が発生。
ラブラドール・レトリーバーの6歳位のオス犬を引き取りした翌日からである。12月13日、飼育放棄により自宅まで引き取りをし、その足でそのイヌの去勢手術を受けさせた。夜、ドッグ・ホームに連れ帰り、安静にさせる。2日目には気力と体力を通常通りに取り戻したラブのオス。
それをリマは見逃さなかったのである。ボランティアさんの居る前で、リマはラブのオスの急所に飛びかかり、そしてけして放さなかった。社会性の身に付いていない一人っ子育ちのラブは、降参の仕方を心得て居ない。だが、それだけが問題では無かった。
リマの保護以降、オス犬の保護はピレニーズのグレン君だけだった。グレン君はリマとの関係を既にはっきりさせた為、リマにとってはドッグ・ホームでの自分の位置関係を新参者の前ではっきりさせたかったハズである。
リマが攻撃性を現した事により、情緒の安定していない他の保護イヌ達にまでそれが伝染する。それまでラブのオスを前にして普通にしていたイヌ達が、リマが攻撃をしかけた事をキッカケに、一気に全員でラブに飛び付き、噛み付いた。
ボランティアさんと唖然としつつも、二人で即座にその中に割って入り、大型犬のオス数頭が噛み付き合いの争いをするのを身体で止める。
全員に噛みつかれ、悲痛と混乱でパニックになっているラブに、私は右手の甲をザックリと噛まれるが、自らの手から鮮血が飛び散るよりも何よりもリマを停める事に必死だった。
リマはラブの首(後頭部)にガップリと食らい付いて、なかなか外せない。周囲で「攻撃」が伝染し、行為に至っているイヌ達を引き離し、リードに係留し、最後にまだ1頭でラブに食らい付いているリマを二人ががりでどうにか引き離した。
この時から、リマは完全にワイヤーのリードで係留である。もうリードを外す事は出来なかった。だが、リマは首輪抜けも得意で、リードを外す事も得意である。そして何が何でもラブを目掛けて何時でも攻撃を仕掛けようとして、全く目が離せない状態となった。
12月13日に引き取り保護をしたラブは、その時だけでなく、どうにかリードを逃れ攻撃に熱中してしまったリマに再度襲われ、緊急入院の末、処置も虚しく、12月18日午後、保護日数たった5日でこの世を去る事となってしまった。
私はこの事態を予測していた。『感』である。保護主にリマの一時預かりを訴えただけではない。周囲にも一時預かりなり何なりを頼み込み、この事態を避けようと必死に働きかけていた。だが虚しい結末だった。
このドッグ・ホームでイヌ同士を完全に隔離する事は困難である。ましてやリマ君は、柵を壊してでも脱走する癖があり、そうして何度にも渡って壊されたバック・ヤードに通算、数十万円もの費用を掛け修復を繰り返した。リマに壊された家財も多々あった。その中でどうしても掃除機だけは買わざるを得なかった。保護主にそういった費用すら、請求しなかった。
理想では頑丈で屋根もある犬舎をリマに与える事である。だか、以上の様な想定外の修復費用が掛かった上に、通常のイヌ達の経費を捻出する事は既に困難であった。
リマ専用のそんな頑丈な犬舎を買えない為、ボランティアさんは知人を頼って無償で譲って貰える犬舎を探す事に奔走してくれた。
群れを好まない。一匹狼で居たい、放蕩息子で居たいリマ。彼はノラ犬だった訳では無い。だがヒトに「飼われる」事は好んでいない。ましてや多頭飼育なぞ範疇外という事。リマはラブの命を奪う攻撃をした事に対して何とも思っていない。リマにとっては今までの自分の生きてきた経験上、特別な事では無く、当たり前の事だったからである。そう、悪気は全く無いという事だ。
その事件以降、リマはドッグ・ホームの群れから外す措置を取った。年明けにも保護の予定が入っているからである。また群れを好まないリマにとって最適な形を取る為でもあった。
だがリマは、それでも不服だった。勝手な散歩に行けないからである。日に2回の食事を与えていても、グルメ巡りに出掛けたいのだ。その結果、リマは正月明け早々に、またも自らリードを逃れ、収容所の捕獲担当の車の前に躍り出た。
向かいの空き地に物凄い勢いで、変わった形の車両が急停車する音が聞こえたので、リビングからその様子を伺うと、捕獲の際に使用するあのワイヤーの付いた棒(←呼名は知らない)を持った二人の男性が何かを走って追う姿が見える。
「あの棒は、イヌを捕獲するアレだっ!」と気付き、そして「まさかまたうちの前にイヌを捨てられたのか?」と思い、窓を開けた。
すると男性二人は、ドッグ・ホームの敷地に入ってきたのである。
「あのイヌは御宅のイヌですかっ!!!」と。
何を言っているのか最初、飲み込めなかった。リマを見ると、リマはリードで係留してある位置に居る。だが、彼らはリマを指差している。
「きちんと繋いで飼って下さいっ!!!」
と怒鳴られてようやく事の事態を飲み込んだ。そう、リマはまたしても身体に巻きつけてあるリードを、どうにか外して家出をしていたのだ。そして偶然通り合わせた彼らに追われて自ら慌てて戻ってきたのだ。
収容所の職員が捕獲作業で巡回をしている際に、その車両の前に自ら躍り出る・・・・・。イヌにとっては自殺行為以外の何者でもない。事情を説明し、お詫びを伝えて彼らにはお引取り頂いた。それを始終目の当たりにしていたボランティアさんは、リマのリードをより抜け難く身体に巻きつけたのは言うまでも無い。
リマ君のブログ記事を見れば一目瞭然だが、リマ君の記事はとても少ない。それはこれまでの間ずっと、保護主を否定しない様に配慮した記事を連ねたが為に、徐々に無理が生じ、記事が続かなくなってしまったからだった。しかし、このコッカー君の件から、私は全てを黙っている事は出来ない状況が発生したのだとようやく悟った。そして、今、ここで率直に語る事を決意したのである。
「忙しいんです。」「具合が悪いんです。」「入院していたんです。」
ヒトには誰しも事情があるのは判る。だが、リマ君を預ける相談をしていた当初、こちらから要求をしなくても、自ら経費を全て負担し、世話を手伝うとまで申し出てきた保護主。おまけにご当人は覚えていないのかもしれないが、こちらが頼んでも居ないのに、ドッグ・ホームに泊り込みで来て手伝えるとも言っていたのである。
それが、ドッグ・ホームの危機(ラブ君の件)を予測し、一時預かりでも何でも良いから預かってくれという状況に瀕していたリマの件に対し、対処を手伝うでも無く、何の協力をするでもなく、ただ、
口論の際に「ボランティアっていうのは、そういうのが好きでやってるんでしょ?」と、平然と他人に押し付けるリマの保護主。これは己の立場を全くもって理解していない・・・という事だ。後にも、先にも、私は彼らに金銭の要求をしていない。ただ、身柄を預かってくれと言っただけである。
何はともあれ、ドッグ・ホームにはドッグ・ホームのやり方がある。保護をしたイヌにどこまでの経費を掛けるのか?は、保護団体や保護をしたヒトの主義や主観で内容は大きく異なるのが実態。
そんな中で、アンブロシア・ドッグ・ホームでは心身ともに痛んでいる彼らにホリスティック・ケアーの一貫として、ソリッド・ゴールドのフードとサプルメントを与える事を徹底してきた。
そして疾病に関しても、元々自分の飼っていたイヌ達と同様に扱おうと決めていたのである。この子は純血種だから、とかミックスだからとか、保護イヌだから・・・という一線を置いた基準は作っていない。
すると必然と、いずれの費用もタダでさえ各々結構な額であるという事だ。大型犬1頭につき、毎月本当に少なくても2~3万円の経費は必要であるという事。これに去勢手術や避妊手術、他に疾病や怪我で手術が必要ともなるとその月はそのイヌだけで10万円がアッサリ飛ぶという事である。
リマ君は保護当初から右の前後脚共に怪我を負っていた。保護主はそれを見て「カワイソウ」だと言っていた。
しかしそんな怪我であっても、何であっても、先に述べた様な費用の掛け方を、多くのヒトから賛同して貰うのは難しいとリマ君の受け入れ時に私は考えた。度々手伝いに来る、泊り込みで手伝える、留守番もします・・・というその言葉を信じ、受け入れの事前に私はこう答えたのだった。
「世話の手伝いの方が実際に何よりも助かります。費用面は考え方の相違もあるでしょうからご負担頂くのは気が引けますので、お手伝いをして下さるとのお申し出ですから、世話をお手伝い頂くだけで結構です。もう一つ、必ずお手伝いをして頂きたい事は、先ず元の飼い主を探す為の手伝いと、次に里親を探す事の手伝いをして下さい。これらはとても重要な事ですから、必ずお願いします。」
こうした条件で、警察署への届出上、歴然と保護主の存在するイヌの身柄を引き受けたのであった。これが2005年7月10日にドッグ・ホームに入園したリマ君である。
この半年もの間、私はこの一件をずっと腹に溜め込んでいた。だがやはり事実は伝えようと思ったのである。何故なら、リマの件以来、全て同様の保護以来は断っているからである。
無責任な保護主とのやり取りは、それだけで時間の無駄であり、彼らの無責任さを「無責任な行為である」と教える事もないまま、ただ擁護してしまうからである。そんな事に時間と労力、そしてお金を費やしているよりも、しなくてはならない活動は幾らでもある。手が出し切れない程に、やり足りない程に、まだしなくてはならない事が沢山あるからだ。
その為、リマの件以降、保護主の存在する保護(引き取り)依頼のお話は、相談には無償で応じるという条件でなるべく自力保護の形をお願いしている。それでもどうしてもという場合は、費用を負担する事を約束した上での引き取り依頼という形をお願いしていたのだった。
そうした保護依頼の相談の中で、実際に保護したご自身で生涯飼育をする事は叶わなくても、きちんと里親を見つけ、実際にイヌを引き渡すまでの間、全て頑張って自力で解決した方もおられる。だからこそ、私はリマの件、そして今回のコッカー君の件で事実をこうして伝えようと思った。
2月3日午後、小田原市で保護されたアメリカン・コッカー・スパニエルの男の子がボランティアさんに連れられてアンブロシア・ドッグ・ホームにやってきた。昨年12月29日、保護主に保護をされ、翌日30日の夜にドッグ・ホームに保護依頼の連絡が入っていた子である。その後のやり取りで、保護主にはコッカー君を引き取る際には、去勢費用としての1万円を頂きたいとも告げておいた。その為、コッカー君と1万円を受け取った時、即座に「確かにコッカー1頭と、去勢費用としての1万円を受け取りました。」とファックスを保護主宅に送付した。
私は先に述べた通り、他の相談の件と同様、自力解決又は費用の全面負担という形での引き取り保護をお話ししていた。だが、コッカーの保護主は、費用の全面負担よりも自力解決を決めた様子で、その翌日31日には警察署に記録されている通り、拾得物の届出をご自身で出している。
そして2月3日までのおよそ1ヶ月間もの間、このコッカー君は数奇な運命を辿る事になった。
保護主は警察署で31日に、「飼主が現れなければ自分が飼います。」と申し出たので、『請書(うけしょ)』というもう1枚の書類にも署名捺印をしていた(警察署談)。
『請書』とは、「請ける・書」と書くが、実質的には『契約書』と同様の意味を持つ。小田原警察署でのその『請書』とは以下の内容の書類の事だ。以下は参考までに無記名・未使用の書類を、小田原警察署の会計課の方にお送り頂いたものを記している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
* 逸走の家畜を飼育したい旨申し出た場合に徴する請書
請 書
私は、善良な動物愛護者として、貴署から譲り受けた家畜の飼育に関し、次のことを厳守する事を確約して、お請けいたします。
* 家畜名 .
記
1 譲り受けた後、飼育中に正規の飼い主が判明したときは、相互で話し合いのうえ解決いたします。
なお、飼育料については、請求する場合もあります。
2 飼育の期間中に、家畜が死亡したり、逃亡した場合については責任を負えないことを了承していた
くことで飼育いたします。
3 飼育に関しては、善良な動物愛護者として飼育いたします。
平成 年 月 日
小田原警察署長 殿
(住所) .
(氏名) . ㊞.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上の内容の書類である。保護主は、コッカーを引き渡すまでの間、そういった書類、この書類に署名捺印をした覚えが無いと言っていたが、警察署に残された記録上では、間違いなくしたはずである事を後日追求すると、保健所に連れて行かれると「カワイソウ」だからサインしたと言う。だが、色々な事を理由に様々な言い訳を言っておられたが、この保護主の家で、保護をした肝心のコッカー君は、保護当日から今日までの間、1泊もしていないのである。
知り合いの家など数件に、代わる代わる預け、吠えて困るからと言われ、動物病院のホテルに泊め、写メールで里親を探し、見当違いだと会わせたその場で断られ、他の里親希望者の家2件も宿泊させたが結局断られ・・と、その間ご自身の家には1泊もさせていないこの1ヶ月。
そんな1ヶ月間の様子を知り、私はコッカーのレスキューを決断したのである。
12月30日に、最初に電話を貰った時点で、正直に、
「お金なんて本当はどうでもいいですから、貴方とは以後関わるつもりはありませんけど、イヌは保護します。」
と、あの時言っておけば良かった・・・と、コッカー君に対して申し訳無いと思ったのである。ドッグ・ホームに辿り着くまでの1ヶ月の間のたらい回しにより、すっかり人間不信に陥り、完全に心神喪失となり、そして私に何度も何度も噛み付いた、アメリカン・コッカー・スパニエルの男の子。まるで「お前もボクを粗末に扱うのかっ!」と言っているかの様に。そして「どうしてもっと早くしてくれなかったのかっ!」と言わんばかりに。まるで何かを知っていたかの様に・・・。
リマ君の保護主さん、コッカー君の保護主さん、
この公の場で私からはっきりとお伝えしたいメッセージがあります。
あなた方の保護したイヌの費用は、特別出して頂いてもおりませんが、以後、一切負担をして頂くつもりはございません。
あなた方が保護をしたイヌと、今後一切、会わせるつもりはございません。ドッグ・ホームにお越し頂く事は、一切、お断り致します。
あなた方の行った行為は、『保護』とはいいません。
今回の件を『無責任』であったと自覚して下さい。
一時の感情で保護をしても、結果的に最後まで責任が取れないという事は、飼って(買って)みたけれど思っていたのと違うからと、イヌを捨てるヒトと何ら変わりが無いという事を自覚して下さい。
以後はむやみにイヌを拾得しないで下さい。
彼らイヌ達に対して、「保護してやった」という気持ちではなく、侘びる気持ちを持って下さい。
あなた方から特別にして頂いた事は何も無いに等しいと判断しておりますので、こちらにもこれ以上の義務は何も無いという結論を出させて頂きます。
以降、こちらから連絡をする事は一切ございません。
以降、ドッグ・ホームへの連絡は一切お断り致します。
私は、貴方方を助けたつもりは一切ありません。
私は、イヌを助ける気持ちは十分に持っています。
ですから以後、彼らの事は忘れて下さい。
以上です。けしてあなた方の生涯を全面的に否定している訳ではありません。各々の行った今回の『保護』という行為に関してのみ、上記の様に述べさせて頂きました。
読んでいる無関係の方々で、気分を悪くされた方には深くお詫び申し上げます。しかし、たまたま見かけたイヌやネコを保護するという行為は、こうして自力解決のできないケースがあるという事を知って頂きたくて、こうして記させて頂きました趣旨をご理解頂ければ幸いです。
実際に捨てられたイヌは、元の飼い主にそもそも愛情をしっかり貰っていなかったり、躾をしっかりしていないイヌ達ばかりです。ですから、保護をしてからの躾け治しや、世話は、思っているよりも容易では無いという事なのです。実際に、ドッグ・ホームでのこのブログを読んでこられた皆様は、私自身が四苦八苦している事をご存知のはず。
そんな荒れ荒んだイヌ達と付き合うには、リスクが必ずあるという事です。
リマ君の様に想定外の出費のかさむイヌも居るでしょう。見た目よりも、実は沢山の疾病を抱えているプルシャ君(ミニチュア・シュナウザー♂)の様なイヌも居るでしょう。捨てられているイヌは、必ず保護したものが問題と立ち向かい、対処していかなくてはならないものを必ず何かしら持っています。
そんな予測不能なリスクと何があっても立ち向かえないなら、最初から手を出さない事です。自分で責任が取れないのであれば、手を出す前=保護する前に、保護団体などに相談をする事です。そうすれば、その保護団体が自ら現場で捕獲&保護を試みようと検討して下さるでしょうし、保護した後も経験と実績を元に対処してくれる事でしょう。
野良猫にただ「カワイソウ」だからと、エサだけを与えている事と同じです。連れ帰り飼育するでも無く、不妊手術を行うでもないままに、エサだけを与える行為とそれらは同様だからです。野良猫を地域ネコとして捉え、自分ひとりでは対処が困難だからと、保護団体に相談し、地域ネコを餌付けし、地道に1頭1頭の不妊手術を行ったり、貰い手を捜す行為は尊敬に値しますが、生かすだけのエサやりは、無責任であるという事なのです。
そう、イヌやネコを保護するならば、どんな事態が発生してもそれでも自分が責任を持つ・・・そう決断し、実行できない以外は、出来るヒトに最初から任せれば良いという事です。
ヒトは誰しも、得手不得手があるものです。イヌが好きだから、イヌに関する事全てが出来る・・・なんて事は無いはずです。「好き」な気持ちだけでは、継続出来ないという事は沢山あるはずです。ヒトは十人十色なのですから。イヌ達だって十犬十色です。
そんな「十色」で、種別の異なる生き物が混在しているのが、この地球です。ヒトとイヌとネコだけではありません。数え切れない程のものが混在しています。だから、皆、同じでなくても良いのです。そして、それぞれに、それぞれのパートがあるという事。
適材適所という言葉を思い出して下さい。あなたにとって適材適所ではあっても、私には適材適所ではないという事。そういう事です。だから、皆、違っていて当然なのです。
違っていて、当たり前なのですから。
リズちゃん、そしてラブの男の子の火葬でお世話になった、上総動物霊園さんからの大量の物資の寄付を頂いた今日、ようやく私は喉に支えていた言葉を記事に連ねる事ができました。
ラブ君を失った時、リマ君に対して正直腹立たしい気持ちが込み上げました。でも、私はリマを恨む事は出来ませんでした。彼のそうした行為は、私達ヒトによる、計画的ではないけれど、人為的な行為の結果だからです。リマを恨むのは、筋違いだからです。恨むなら、リマがそうなる様な扱いをしていた人間の方だからです。
しかし私は、恨むという行為が生産的であるとは考えません。恨む行為は、非生産的な行為であり、その行為によって生じる弊害は大きいからでもあります。
仏教用語に『精進する』という言葉があります。私は、自らが精進する事を選びます。そして『徳を積む』事を選びます。私自身の生涯で、できる限りの魂の成長を望むからです。そしてその行為を生産的だと考えるからです。
私からのお願いです。
皆さんも、ご自身の得意な分野で『徳を積んで』下さい。
貴方でしか出来ない事がきっとあるはずですから。。。
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